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独立行政法人国立病院機構 まつもと医療センター

神経内科 大原慎司

アルツハイマー病(以下ア病とします)は、認知障害(痴呆)を来たす原因として最も多い疾患です。ちなみに2位は脳血管性痴呆(動脈硬化や多発脳梗塞に伴う痴呆)で、この二つで痴呆の原因の8割近くを占めています。長い間原因が不明でしたが、1980年台になってこの病気で亡くなられた患者さんの脳にはベータ蛋白というシミのような沈着が生じていることが判明して以来、遺伝子のレベルで急速に病因の解明が進んでいます。

神経細胞の周囲に蓄積したベータ蛋白が神経毒性を発揮すると考えられていますが、まだその詳細は分かっていません。脳の侵される部位や順序に法則性があり、通常まず側頭葉の内側部(「海馬」と呼ばれる記憶に関する重要な部分を含みます)から変性が始まり、側頭、頭頂、後頭葉に広がります。それに対応して、まず物忘れが出現し、ついで言葉が出にくいなどの言語障害、筋肉の力は有るのに道具が使えない着物が自分で着ることが出来ないなどの様々な行為障害が、5年から10年をかけて現れてきます。

ところで、血管性痴呆は高血圧、高脂血症、喫煙、糖尿病などの危険因子をコントロールすることにより、発症を予防したり進行を抑えることが可能です。ア病の発症に一番強力な危険因子は「老化」で、85歳を過ぎると4人に1人が発症するとされています。高齢化社会を迎えて、ア病が大きな注目を集めているのは当然の成り行きといって良いでしょう。長い間、ア病は予防も進行の抑制も不可能であると考えられてきました。

しかし、最近になって様々な環境因子も発症や進行に関与していることが分かってきました。ボルドーというぶどう酒の産地に住む人々はア病に罹りにくいのですが、これは赤ワインを飲むためであるという話を耳にされた人も多いでしょう(ポリフェノールの効果)。

この他、カロリーの摂り過ぎや肉食中心の生活が(魚中心の食生活に比べて)ア病の発症をより促進することが、マウスやヒトの疫学的な研究で報告されています。これらは多発脳梗塞の危険因子と共通であることに気づかれるでしょう。ただ、アルツハイマーは、脳を良く使うヒトや教育年数が長いヒトほど罹りにくいという報告もあります。

野菜や魚を中心とした食生活をして、活動的な生活をすることがアルツハイマーの予防に繋がるという可能性がありそうです。残念ながら一旦発症したアルツハイマー病の進行を確実に抑える治療法はまだ開発されていないので、治療は対症的とならざるを得ません。本人や介護者にとって好ましくない(しばしば危険な)症状が出た場合には薬で調節したり、本人に合った生活環境を整えたりするのが療養の基本です。

90年代から記憶力や意欲を改善する薬もいくつか出ており、開発中や治験中の薬も少なくありません。当院も国内の70余施設が参加して今年の7月から行われる新薬の治験に参加しています。

治験で効果と安全性が確認されて、保険診療で多くの患者さんに新薬の使用が認められる日が近いことを期待しています。(痴呆で相談したいかた、治験に興味のおありの方は、神経内科外来または当院の治験室までお問い合わせ下さい。)